無限ゼロ本編

無限ゼロ本編です。

(長編なので途中まで掲載しています)


無全ゼロ全編は、電子書籍(アマゾン)でも販売しています。

《プロローグ》


 西暦二五二五年。

 夏の夜の草原にて――――――

 

 虫の音が心地よく響く月明かりの夜空。

 二人の親子が夏草に寝転がり、星を見ていた。

 「ねぇお父さん、この宇宙の向こうには何があるの!?」

 五才になったばかりの青い髪、青い瞳の少女が尋ねた。

 「宇宙の外は、白い曇り空のような何もない無の世界が広がっているんだよ。」

 同じ青い髪をした若き父が答えた。科学者である父は、小さな娘のその質問に少し嬉しそうだった。

 「何もない世界!? ……何だか怖いっ!!」

 「レイニー、何もないって言うのはね、本当はいっぱいのものが詰まっている事を言うんだよ! だから何も怖くはないのさ。」

 「いっぱいあるのに何もないの!? わかんない?」

 レイニーのその言葉に父は笑いながら言った。

 「何もないって事はね、まだ始まっても終わってもいない。可能性に満ちたエネルギーいっぱいの世界なのさ。」

 「ふ――ん…」

 五才のレイニーに、父ブルー博士の話はあまり理解できていないようだった。

 夏の夜空。満天の星々に虫たちの鳴き声が響き渡り、夏草の暖かいにおいが一面に心地良く広がっていた――――――。

第一章 人類 VS ヒューマノイド

●物語の始まり●

西暦二五三七年。

人類の出す工業廃水や、化学ガス、原子力汚染物質等によって、地球は極限まで汚染され、人類の住める場所は少なくなっていった。

そこで人類は、火星移住計画を進める為、人類が火星に移住する前に開拓用ロボットを配置した。

ロボットたちは無人でも自ら増殖できるように作られていた。

つまり、ロボットがロボットを作るシステムだ。

ロボットたちは、さまざまなロボットを作り、火星に人類が住める基地も建設していった。そのロボットたちの中でも人型のロボットは、ヒューマノイドと呼ばれていた。

しかし、人類が火星に住めるようになった頃、ロボットたちは突然反旗をひるがえし、地球へ総攻撃を開始した。突如『火星は自分たちロボットの星で、人類の移住は認めない』と主張してきたのだ。

―――大きな宇宙戦争が始まろうとしていた。―――


●地球で続く人間同士の戦争●

ボロボロに壊れ果てた市街地に、乾いた銃弾の音が響いた。

ここ地球では、火星のヒューマノイドによる攻撃が本格化しそうな中、相変わらず人間同士でも戦争を続けていた。未だ人類は、その歴史から「戦争」の二文字を消すことができないでいた。この長く続く地球人同士の戦争により、地球環境も人々の心も、荒廃しきっていた。

「誰か助けて――っ!」

少女の声がした。

戦闘の爆発音の中、壊れたビルのコンクリートの残骸近くに、小さな子供二人が、かばい合うようにうずくまっていた。

砂ぼこりの中、よく見ると七才くらいの女の子が、四才くらいの男の子を爆撃から守ろうとしていた。

「お姉ちゃん怖いよー」

市街戦の戦闘から逃げ遅れた二人は、銃弾の飛び交う中どうすることもできないでいた。

「ハッ!!」

その女の子が黒い影に包まれた。恐る恐る見上げると、そこには全身茶色の戦闘服に身を包んだ体の大きな兵士が立っていた。

「お前ら、敵国の子供だな。敵の子供はやがて大人になってオレたちを殺そうとする。だから、今、お前たちには死んでもらう。」

兵士はそう言って、女の子の額にレーザー式のライフル銃を向けた。女の子の額に赤いランプの照準が合った。

女の子は、恐怖のあまり声も出せないでいた。しかしその顔は、銃を向ける兵士の顔から目をそらすことなく、ジッと泣きそうな心と闘っていた。

〝ズギュン〟

大きな銃声音がしたと同時に、兵士はライフルを持ったまま一瞬で後ろに飛ばされた。そして兵士の体からビリビリという電気音が響いた。

「ウワァ――ッ!! で、電気銃かぁ――っ!!」

兵士は青白い雷のような光で包まれていた。激しい痛みでシビれ、のた打ち回っていた。

直後、女の子の元に、一人の一八才くらいの少年が走ってきた。茶色い髪に、青い半袖の戦士服を着た少年は、女の子に近づいて言った。

「もう大丈夫だ。二人ともケガはないか?」

「お、お兄ちゃんは、だれ?」

女の子が、不安そうに聞くと、

「僕はヒュウガ。キミたちを助けに来た。」

そう言って、一八才の戦士はニコリと笑った。

「おっと、そこまでだ。」

今度は、のた打ち回る戦士の仲間と思われるもう二人の兵士が、銃をヒュウガたちに向けて立っていた。

「銃を捨てろ! 子供の戦士くん!」

そう言って二人の兵士は、ヒュウガに銃を捨てさせた。

「じゃあ、三人仲良く天国で遊んでな!」

二人の兵士が、ヒュウガと姉弟に引き金を引こうとした瞬間、一〇メートルほどの後方で少女の声がした。

「待ちなさい!!」

そこには、肩まで伸びた青い髪に青い瞳、赤い半袖の戦闘服を着た一七才くらいの少女が、兵士二人に銃を向けて立っていた。

見ると、その少女の左腕は、機械によるサイボーグとなっていた。

その動じない姿から、数々の激戦をくぐり抜けてきたことは容易に見てとれた。

「ケッ、また子供かっ!」

振り向いた一人の兵士がそう言って、すぐさま赤い戦闘服の少女に銃を連射した。

〝ダダダダダダッ〟

「レイニ――ッ!!」

ヒュウガが叫んだ。

青い髪が大きく舞ったレイニーは、ビルの影へ飛び込んで身を隠した。

「エイッ!!」

そしてレイニーが、二人の兵士の頭上に手榴弾のようなボールを投げた。

次の瞬間、そのボールは上空で、すべてのものが真っ白で見えなくなるほどの光を放った。

「ウッ、しまった!!」

「閃光弾だっ!」

二人の兵士が眩しくてひるんだすきに、後ろからヒュウガが二人の兵士に飛びかかった。三人はもつれ合うように倒れた。

「ヒュウガ、どいてっ!」

そう言って走ってきたレイニーは、兵士二人に向けて銃を発射した。

「ウワ――ッ!!」

二人の兵士は、青白いパルス電気ショックに包まれて、のた打ち回った。

〝ダダダダダダダッ〟

銃の連射音がした。一五〇メートルほど後方から別の数十人の敵兵がヒュウガたちに向けて撃ってきた。

「さぁ行こう!」

ヒュウガとレイニーは急いで二人の子供を安全な場所へ連れて行こうとした。

そのとき、パルス銃の電撃で苦しみながら、一人の兵士が言った。

「このガキ――ッ!! いつかお前らを必ず殺してやる――っ!!」

その言葉にヒュウガは振り向いて言った。

「あなたはボクたちを殺せない。だって、ボクたちは、あなたたちを決して殺さないから。」

その言葉に兵士はハッと表情を変えた。

レイニーが言った。

「そのパルス電気ショックで動けないのは六時間。その間、動かなければ、電気ショックは起こらない。あとは普通に動けるから、安心して!!」

そう言いながら、ヒュウガ、レイニーたちは、足早にビルの影に去っていった。

兵士たちは、表情が止まったまま動けずにいた。


●宇宙船にて●

地球にほど近い宇宙空間に、一隻の巨大宇宙船が漂っていた。

スペースシップ・ガンジスという名のその船は、オレンジ色とクリームイエローの明るい船体。全長二七〇メートル、重さ一二万一六〇〇トンという大きなものであった。

ガンジスを設計し、そのすべてを統括しているのが、タオ老師である。御年七八才。

タオ老師は、上頭部の髪は抜け落ちたものの、後頭部には白い髪の毛が多く、また、白く垂れ下がった眉毛と、長くて白い髭、深緑色の和服に、握りしめた杖が特徴的な人物だった。

タオ老師は、科学者でもあり、思想家でもある。

地球各地で起こる戦争や、火星ロボットと地球の人間との間での戦争を、どうしても止めさせたいと願っていた。しかし一民間人ではどうすることもできない。せめて子供たちだけでも救いたい。

そこでスペースシップ・ガンジスを造り、戦争によって孤児となった子供たちを救出し、ガンジス内で一緒に生活をしているのだ。その後、子供たちは、安全な土地での生活を望む者、ガンジス内で働く者など、自由な選択が可能だった。

現在、生活している子供たちは一一五名。

ガンジスを動かしている乗組員たちは三七名。総勢一五二名である。

「ヒュウガ、そしてレイニー、すぐに第三研究室へ来てくれ!」

ガンジスのコックピット内にいたヒュウガとレイニーの頭上スピーカーから呼び出しがあった。そう、ヒュウガとレイニーの二人は、このスペースシップ・ガンジスの一員だった。

ヒュウガは、大空ヒュウガ(日向)、一八才。

陽気で一本気な性格。身長一七〇センチ、こげ茶色の髪をした少年である。

レイニーは、レイニー・ブルー、一七才。

少し気は強いけど、いつも冷静でじっくり物事を考えるタイプ。

身長一六〇センチ、ブルーの瞳と、ブルーの両肩まで伸びた内巻きロングヘアーが特徴の少女。

先にも述べたが、彼女の左腕は、肩から指先にかけてすべてが機械によるサイボーグである。五才の時の戦争で、左腕を失ってしまった。

レイニーもヒュウガも、戦争で孤児となり、タオ老師に救われた子供である。レイニーの機械による左腕は、タオ老師が造ってくれたものだった。

●ガンジス内、第三研究室●

中央のベッドには、火星のロボットが壊れて動かなくなったまま、横たわっていた。外見は人と同じ、顔も人と同じ、つまり人型ロボットの男性ヒューマノイドがそこにいた。

室内には、タオ老師、ヒュウガ、レイニー、そしてスペースシップ・ガンジスの操縦リーダー、中道(ちゅうどう)リュウ三〇才と、ヒューマノイド研究者ジョン・ランディック博士四八才がいた。

ランディック博士が言った。

「先日の火星からの攻撃で、破損した火星ヒューマノイドを回収し、調べて驚いたよ! 火星のヒューマノイドは、ただの人型ロボットじゃない。上腕筋や大腿四頭筋などが、人間の生きた筋肉でできていたんだ。」

そう言ってランディックは、ベッドに横たわるヒューマノイドの腕と脚を指差した。

皆、体を前のめりにして、それに見入った。

なるほど、機械に生身の筋肉がうまく結合していた。

「細胞を組織培養して造られているバイオクロン筋肉だ」とランディックは説明した。

その言葉に、腕組みをしてヒュウガが言った。

「でも、わかんないなぁ? なぜヒューマノイドはそんな事をする必要があるんですか? 筋肉よりメカの方がはるかに力が出せるのに……」

その言葉に両手で杖を床にトントンと叩いた後、タオ老師が言った。

「ウーン、おそらくヒューマノイドは、人間になりたいんじゃな! そこには効率とか何とかは関係ない。生命は宇宙一美しいからのう!」

「ロボットが人間になりたがっている?」

中道操縦リーダーが、不思議そうな顔でタオ老師を見つめた。

するとタオ老師は言った。

「レイニーのような女性たちが希少で美しい宝石を身に付けたがる。それに似ておるなぁ」

「これですかぁ?」

レイニーは、右手の薬指にはめた宝石を見せた。

「パピーッ!!」

その時、レイニーの背中から左肩に現われたウサギ型ロボットのサイバーが叫んだ。どうやら宝石に焼きモチを焼いている様子だ。

サイバーは、タオ老師が造り、レイニーにプレゼントしたウサギ型ロボットで、常にレイニーの身にしがみ付いて、離れようとしないマスコットロボットである。

「ゴメン、ゴメン、サイバー! 私は宝石より、おまえの方がずっと好きだよ。」

「パピー♪」

そのレイニーの言葉に、サイバーも嬉しそうだった。

話の中、中道リーダーが銃を取り出しながら話し始めた。

「でもチョット待って下さい、タオ老師! われわれガンジスのメンバーは地球人同士の戦争や、この火星対地球の戦争を止めさせる為にいる。その活動において、誰一人殺さない、という理念がある。だからこの銃もすべてパルス電気軽ショック銃。」

それに続けてヒュウガが言った。

「火星のヒューマノイドたちの体の一部が細胞なら、これは殺人に入るのでは?」

そう言って、横たわるヒューマノイドを指差した。

それに対してタオ老師は言った。

「壊れたヒューマノイドは、また再生して動かすことができる。バイオクロン細胞も、また再生ができる。再生できないのは、心を持った命じゃ。これは守らなきゃいかん!」

タオ老師は続けた。

「向こうはこちらを殺しに来る。しかし、こちらは向こうを殺さない。これには、大変な強い志が必要となる。最も強い人間とは自分を殺しに来た人間と友達になれる人間だと言うからのう!」

タオ老師がそう言った直後、第三研究室壁のスピーカーから呼び出し音が鳴った。

「タオ老師、やっと完成しました。対火星ロボット用の戦闘ロボ、無限ゼロが。」

そうスピーカーから言ったのは、メカニック技術長の工理(くり)修(おさむ)四五才だった。

「完成ですか! やっと乗れるんですねっ!」

大きな笑顔でヒュウガが叫んだ。


●地球にて●

曇り空の雲の切れ間から、オレンジ色の二機の戦闘機が現われた。

ここは地球の旧ラストニア国の南部上空。

戦闘機と言っても二機は特殊な形をしていた。

全長二七メートルのロボットの胴体部分を二つに切り離し、腕部と脚部を折りたたみ、飛行機型に変形させたものだ。

上半身部分の戦闘機をスカイ、下半身部分の戦闘機をオーシャンと呼んだ。

それぞれにはヒュウガとレイニー、そしてサイバーが乗り込んでいた。

「チョット、ヒュウガ、スピード出し過ぎじゃないのっ? まだテスト飛行なんだからー」

「そうは言っても、今日は三年間も離れていた弟のタイガ(大河)を迎えに行くという大事な用もあるんだよ! これが急がずにいられますかっ!」

「それはそうだけど、飛ばし過ぎよーっ!」

「パピーッ!!」

そんなレイニーとサイバーの通信音声も聞かず、ヒュウガは一人想っていた。

(三年前の戦争で生き別れになったタイガは、その後、親戚の家に預けられた……。アイツ、少し大人になっているだろうなぁ。もう一五才だからなぁ……)

スカイ機は、急にスピードを下げた。そしてヒュウガはモニターを見ながら、

「確か、この辺りだ……」とつぶやいた。


●消えたタイガ●

ヒュウガは、荒れた大地にスカイ機を着陸させた。辺りは、木々も少ない大地で、ポツン、ポツンと、石壁造りの民家がある殺風景な所だった。

「ここだ!」

ヒュウガは、一つの民家の前に来た。

「チョット、ヒュウガ、待ってよー!」

「パピーッ!!」

慌ててその後を追って来たレイニーとサイバー。すっかりその二人の事は頭にないヒュウガは、一人の女性に目をやっていた。

「おばさん!?」

民家の玄関先にいた一人の四〇才代のその女性にヒュウガは声を掛けた。

「!!」

「ハンナおばさん、ヒュウガだよ!! タイガは!?」

「タ、タイガ……」

〝バタン〟

ハンナは、驚いたような顔をして、いきなり家へ入り、扉を閉めてしまった。

「ど、どうしたんだよっ、おばさんっ!! タイガは元気にしてるんじゃないのーっ!?」

ヒュウガは戸惑い、扉を叩いた。

「おばさん、開けてよーっ!!」

それでも扉の向こうで返事をしないハンナ。

ヒュウガは心配になり、何度も扉を叩いてハンナを呼んだ。そのとき、

「タ、タイガは、ここにはいないよ……」

ハンナは小さな声でそう言った。

扉ごしにその声を聞いたヒュウガの拳が止まった。そして、こわばった表情でヒュウガはつぶやいた。

「どうして……」

扉からハンナの悲しげな声がした。

「ウチの生活が貧しくてねぇ……。タイガは去年、自ら奴隷市場に売られて行ったよ……!」

「な、何だよそれっ!!」

怒りと疑問が混ざり合った大きな声で、ヒュウガがそう叫んだ。

「私の実の子のニーナが、難病にかかってね。タイガは『自分が奴隷として売られたお金は、ニーナの治療代にしてくれっ!』って……」

そう言ってハンナは、泣き崩れた。

その話を、部屋のベッドで酸素吸入器を口に付けたまま寝たきりのニーナが聞いていた。その目には、涙が溢れていた。

「タイガ……」

しばらく、呆然と立ちつくすヒュウガ。

そして、タイガの名前を叫び、何度も何度も扉を叩き始めた。

「タイガーッ、タイガーッ! タイガーッ!!」

「……ヒュウガ……」

それ以上かける声もないレイニーがいた。

「ハッ!!」

突然、顔を上げたヒュウガが後ろを振り向き、

「レイニー、急ごう!! この辺りの奴隷市場をあたってみよう! 何か手がかりが見つかるかも知れない!」

「うん!!」

そう言って二人は走り出した。

その時、二人の腕時計型通信機が鳴った。緊急アラームだ。

ガンジスのリュウ操縦リーダーからだった。

「ヒュウガ、レイニー、火星のヒューマノイドたちが地球に来て暴れている。キミたちがいる地区から西へ五〇キロの所だ。急いで現地へ飛んでくれ!」

「クソーッ、この忙しい時にーっ!!」

ヒュウガは思わずそう言って両拳を合わせ叩いた。


●ラストニア武器製造工場●

ここはヒュウガたちのいる地区から西へ五〇キロ。

巨大な建設途中の工場に、けたたましい爆発音が響いていた。

その工場を破壊する、全長三〇メートル、ダークブルーの巨大人型戦闘ロボット、メカギア・ラムダⅢ(スリー)がいた。

火星のヒューマノイドたちは、メカギアと呼ばれる人型の全長三〇メートル級の戦闘ロボットを開発し、度々地球へ戦闘を仕掛けて来ていた。

そして今回は、火星からの巨大円盤型母船ブルー・マザーズと、それに搭載されたメカギア・ラムダⅢで、ラストニア武器製造工場へ攻めて来たのだ。

「まさか地球人も、われわれがこの建設中の工場をつぶしに来るとは思わなかっただろう!」

メカギア・ラムダⅢの頭部にあるコックピットから、戦闘ヒューマノイドがそうつぶやいた。

  

そして、メカギア・ラムダⅢの胸部から次々に発射されるミサイルで、工場は火の海と化していった。

ゴーゴーと、けたたましい炎と爆風をあげる工場。そこからわずかに離れた場所に、ダークブルーの火星円盤型大型母船ブルー・マザーズが着陸していた。

「さあ、急げ!! この工場の労働者たちは全員、このブルー・マザーズに乗るんだっ!!」

二〇〇人ほどの労働者たちをブルー・マザーズに乗せようと銃を突き付ける戦闘ヒューマノイドたち。

「オレたちをどうする気だっ!!」

一人の労働者が言った。

「火星に連れて行く!」

「火星なんて、いったい何の為に?」

もう一人の労働者がハッと思い出したように言った。

「そうだ、聞いた事がある。火星のヒューマノイドたちは人間を火星に連れて行き、奴隷としてこき使っているらしいぞ!!」

「そんな火星に行けるかーっ!!」

ザワザワと、どよめき始めた。

それを制するかのように、ヒューマノイドが言った。

「もう時間がない。もうすぐ地球軍が攻めてくる。ツベコベ言わずに早くマザーズに乗れっ!!」

無理矢理ブルー・マザーズへ乗せようとするヒューマノイドたち。

その労働者の中の一人、クリームイエローの髪をした痩せた少年が、最もリーダー格と思われる指揮官らしきヒューマノイドに詰め寄った。

「ちょっと待って!! ここにいる全員の命を保証しなければ、火星に行くよりここで死んだ方がましだっ!!」

その少年を指揮官のヒューマノイドはしばらく見つめてこう言った。

「命の保証はあたりまえだ。私の名にかけて保証しよう!」

その指揮官は、ブルーの瞳にブルーのロングヘアー、背中に大きな白い翼のある二五才ほどの青年ヒューマノイドだった。

「私は火星軍作戦司令官スピア・ブルーだ。お前は?」

「タイガ、大空タイガです!」

そのやせ細った少年は、真っ直ぐ強くスピアを見つめていた。

〝ドカーン! ドドドドドドドッ〟

その時、空から激しい砲撃の音が鳴り響いた。

「地球軍の戦闘機だーっ!!」

一人のヒューマノイドが叫んだ。

上空には、八機の地球防衛軍戦闘機がおり、工場を破壊している火星からの巨大ロボ、メカギア・ラムダⅢに向けてミサイルを発射していた。

それを見たスピアが言った。

「もう火の手はすぐそこだ。ここにいても戦いに巻き込まれて死ぬだけだぞ! 早くマザーズに乗るんだーっ!!」

スピア司令官のその言葉に、労働者たちは、しぶしぶブルー・マザーズへ急いだ。

戦火の中、労働者たちを乗せたブルー・マザーズは、急発進で上空へ飛んだ。

その時、ドーンという爆音と共にブルー・マザーズが大きく傾いた。

「左舷後方より、ビーム砲を浴びました!!」

マザーズ船内操縦室の操縦士ヒューマノイドが叫んだ。

「ヤッター!!」

そう叫んだのはヒュウガだった。

ヒュウガの乗るスカイ機から、ブルー・マザーズに向けてビーム砲が発射されたのだ。

マザーズ内のスピア司令官が言った。

「今、ビーム砲を放ったヤツらと交信周波数を合わせろ!」

しばらくして、スカイ機とオーシャン機二つのコックピットのモニターに、スピアが映し出された。そして、スピアは言った。

「今このブルー・マザーズを攻撃したキミたちは、地球防衛軍とは違うようだな!? だが、この船をこれ以上攻撃すると、乗っている二〇〇名の人間も死んでしまうぞ!」

「な、何っ?」

ヒュウガの目に映ったのは、マザーズ内にいる二〇〇名の労働者たちだった。

「ヒューマノイドは、工場の人たちを人質にしたんだわ!」

「パピーッ!!」

レイニーとサイバーが叫んだ。

(チクショーッ!! これじゃ、どうしたらいいんだ……!)

そうつぶやいたヒュウガの目がカッと開いた!

「タ、タイガーッ!!」

モニター内に映る人々の中に、弟のタイガがいたのだ。

「ヒュウガ兄ちゃん!!」

タイガも船内の大モニターに映る兄の姿を確認した。

その光景を見たレイニーが言った。

「チョット、火星のヒューマノイドさん、そこにいる地球人はみんな返しなさい!!」

今度は、そのレイニーの顔を見たスピア司令官が驚きの表情に変わった。

「レ、レイニー……!!」

「エッ? 私を知ってるの?」

「レイニーッ、ボクだよ! 兄のスピア・ブルーだよ!!」

「スピアッて? ……アッ! でもそんなはずない。私の兄は、私が三才の時に八才の兄は病気で……でも死んだはず……」

そのレイニーの言葉に、少し間を置いてスピアが言った。

「いかにも。レイニーの兄スピアは死んだ。もうこの世にはいない。私はブルー博士に造られたヒューマノイドロボット。ブルー博士は息子スピアの記憶、性格、すべてを私にインプットした。今生きていたら、スピアは二二才だ。今では私がブルー博士の息子であり、レイニー、キミが私の妹なんだよ。」

レイニーは言葉も出なかった。

ヒュウガはモニター先のスピア司令官に言った。

「何言ってるんだ? レイニーのお父さんブルー博士は、ラストニアの戦争で死んだはずだ!!」

そのヒュウガに向かってスピアはこう答えた。

「生きているんだよ! 私とレイニーの父、ブルー博士は、火星のリーダーとして生きているんだよ!」

「お父さんが生きている……しかも私たち人間を攻撃する火星のリーダーとして……」

驚いた顔でレイニーはつぶやいた。

そのとき、激しい爆発音が鳴り、ブルー・マザーズは大きく傾いた。

スピア司令官の乗るブルー・マザーズに、地球防衛軍の戦闘機から攻撃があったのだ。

「ここは急いで退却だっ!!」

スピア司令官が操縦コックピット内のヒューマノイドに指示した。

大きなエンジン音と共に、ブルー・マザーズはかなりのスピードでさらなる上空へ舞い上がった。

「逃がすかっ!」

それを追いかけるヒュウガの乗るスカイ機。

その時、後方でドーンという音がした。

「アッ!!」

「パピーッ!!」

レイニーとサイバーが叫んだ。

二人の乗るオーシャン機が、工場を攻撃していた火星のメカギア・ラムダⅢに突然、飛び付かれたのだ。

「キャーッ!!」

オーシャン機は、メカギア・ラムダⅢにつかまれたまま下空へと落ちていった。

「このまま地面へ叩き落としてやる!!」

メカギア・ラムダⅢ内の戦闘ヒューマノイドが言った。

「レイニーッ! タ、タイガ……!!」

上空へ消えようとするブルー・マザーズを追っていたスカイ機。しかし、そのヒュウガの操縦レバーを握る手が止まった。上空のタイガ、下空のレイニー、そのどちらを追うべきか、何度もその顔を上下させていた。

●無限ゼロ参上●

響き渡る轟音と共に、上空から地面へと落ちて行くレイニーとサイバーの乗るオーシャン機。

「離してよ!! このメカギアのバカーッ!!」

そういくらレイニーが言っても、オーシャン機に抱き付いて共に落ちてゆくメカギア・ラムダⅢ。

そのメカギア頭部にあるコックピットに乗るヒューマノイドがこう言った。

「レイニーさんとやら、オレは何も一緒に死のうと言っているわけじゃない。地面近くに来たら、メカギアの手を離してやるから、一人で地面とご挨拶してきなっ!!」

「そんなの、もっとヤダーッ!!」

「パピーッ!!」

焦るレイニーとサイバー。

そのとき、ゴーンと機体に激しくぶつかる金属音がした。

「ウアッ!!」

レイニーが叫んだ。

オーシャン機をつかんではなさないメカギアに、ヒュウガの乗るスカイ機が体当たりをしたのだ。

その捨て身の衝撃に、メカギア・ラムダⅢはオーシャン機を離してしまった。

「今だ、レイニーッ!!」

「わ、わかったわ!!」

「ライジング・オーン!!」

ほぼ同時にヒュウガとレイニーが叫んだ。

その後すぐにスカイとオーシャンは変形を始めた。

スカイ機の先端部分は分離し、機体の中央上部へ。それと同時に先端部の位置には、機体内部からロボットの頭部が出てきた。

今まで機体両側に折りたたんでいた両腕は伸び、ヒュウガのスカイ機は、ロボットの上半身となった。

同じようにレイニーのオーシャン機も変形し、機体両側に折りたたんでいた両脚部が伸び、ロボットの下半身部分となった。

そしてその二機が一つになり、全長二七メートルの巨大ロボット、無限ゼロになったのだ。

ヒュウガは無限ゼロの頭部コックピット内に、レイニーは腹部コックピット内にいるが、スカイ機、オーシャン機の時と同じようにモニターでお互いの様子はよく分かった。

「無限ゼロ、変形完了!!」

「ヒュウガごめんね! 私のせいでタイガくんが……」

「イイって、イイって!! タイガはいずれ必ず助けるから!」

そこへ先ほどスカイ機に体当たりされてひるんでいたメカギア・ラムダⅢが再び現われた。

「ホホゥ! 地球人の造ったメカギアか。そうこなくっちゃ戦いも面白くないってもんだぜ!」

二体のロボットは、上空に浮かびながら、しばらく相手の様子をうかがった。

ダークブルーで骨太のスタイルのメカギア・ラムダⅢは、全身三〇メートル。

一方、オレンジ色でシンプルなスタイルの無限ゼロは全身二七メートル。

力はほぼ互角に思われた。

先に動いたのは、無限ゼロの方だった。

「エナジービーム!! パルスパンチビーム! パルスキックビーム!!」

頭部、腕部、脚部から次々と様々な光のパルスビームをくり出した。無限ゼロの武器等は、音声認識と手動、そしてメカ自身の自動制御という総合判断で動くものだ。

もちろん無限ゼロの武器は電磁力が主で、メカには有効でも人体を傷付けない武器ばかりだ。

しかし、メカギアの動きは思いの外速く、すべてかわされてしまった。それを見たヒュウガは叫んだ。

「チクショー! 今度こそ! アレッ? ボタン操作が効かない? 故障?」

「何言ってんのよヒュウガ! 私が止めたの! 無限ゼロのストップスイッチはすべて私が握ってるのよ!」

「パピーッ!」

「レイニー、何で止めるんだよー!!」

「当たりもしないのに調子に乗って!! エネルギーのムダ遣いよ!」

「レイニーの言う通りじゃ! むやみに攻撃する事は命取りにつながるぞ!」

二人のコックピットモニターに、タオ老師が映っていた。

「タオ老師!」

「今、ガンジスもそっちに向かっておる。しばらく無限ゼロだけで何とかしてくれ。」

そのタオ老師の言葉にヒュウガは言った。

「大丈夫です。何てったって無限ゼロはタオ老師の設計ですから。」

「レイニーよ、ヒュウガはあの通り調子に乗り過ぎる。レイニーがしっかり支えてくれよ!」

「わかりました、タオ老師。」

モニターがタオ老師からガンジス内のランディック博士へと変わった。

ランディックはヒュウガに言った。

「ヒュウガ、敵のメカギアの動きが速いのは、コックピット内のヒューマノイドの電子頭脳とコードで直結されているからだ。ヒューマノイドの考えが、瞬時

にロボットであるメカギアに伝わるシステムだ。」

その話を聞いてヒュウガは、

「それじゃ、こっちはかなり不利じゃないですかぁ」

と、少しやってられないという顔をした。

そのとき、ドーンという激しい音と共に、無限ゼロが大きく揺れた。

敵のメカギが、無限ゼロに後方上部から体当たりしたのだ。

その勢いで、眼下の炎立ちこめる工場内へ突き落とされた無限ゼロ。

無限ゼロの落ちた場所の火は勢いを増し、炎の先端が高く立ちのぼった。

しかし、ゆっくりと、その炎の中から立ち上がった無限ゼロ。

「クゥーッ……油断したぁ……」

と、頭を押さえながらヒュウガが言った。

無限ゼロ内のコックピットは、衝撃G干渉装置とショック吸収液体に包まれているため、一〇トンの物体が時速四五〇キロでぶつかっても、内部の人間には大きな影響が出ないよう設計されている。メカギア・ラムダⅢは、炎の中にいる無限ゼロの前へ飛び降りてきた。

そのラムダⅢを前にして、

「そんじゃ、こっちも素早い戦いで行きますかぁ。」

ヒュウガがそう言うと、無限ゼロの両脚外側に付いたヌンチャクを二つ取り出した。

「アチャーッ!!」

無限ゼロは、ダブルヌンチャクでメカギア・ラムダⅢを猛スピードで攻め立てた。

その迫力にラムダⅢは、防御しながら後ずさりをした。

そのひるんだラムダⅢに無限ゼロの左ハイキックが決まった。

〝ガシン!!〟

金属のきしむ大きな音を立てて右後方へ倒れ込んだラムダⅢ。

無限ゼロはすぐさま飛びかかり、メカギアの首と右腕を両脚でカニバサミにした。

「どうだまいったかーっ!! 三角ジメだーっ!!」

ぐいぐいと自分の両脚を絞り上げる無限ゼロ。

しかし、ラムダⅢも反撃にかかる。

ラムダⅢの右腕から鋼鉄の剣が飛び出したのだ。

「火星のメカギアをナメるなよ!」

ラムダⅢのコックピット内のヒューマノイドはそう言って、無限ゼロの脚を何度も切りつけた。

その衝撃で無限ゼロの膝部分が壊れてゆく。

「ヒュウガ、関節技を離して、こっちも剣で戦って!!」

「パピーッ!!」

レイニーのその言葉に、ラムダⅢから離れる無限ゼロ。

無限ゼロが大きく振りかぶると、右腕から内蔵された剣、左腕から盾が出て来た。

そして、すぐさまラムダⅢに向かっていった。

無限ゼロとメカギアの剣は火花を散らし、激しくぶつかり合った。

その時、レイニーが言った。

「ヒュウガ、肘や膝などの関節を狙って! メカは関節部分が弱いものよ!」

「わかった!」

「そうは行くかーっ!!」

ラムダⅢ内のヒューマノイドがそう言ったと同時に、ラムダⅢの胸部から、無数のボール状の液体が無限ゼロに降りかかった。

泡がはじけるような音と、金属が焼けるにおいがした。

「な、何コレ? と、溶けてるよねー!?」

ヒュウガがそう言った通り、液体の強酸性によって、無限ゼロは、ボロボロにアチコチが溶け出して行った。

「ヤ、ヤバーイ!! どーしよう、どーしよう!!」

「落ち着きなさい、ヒュウガ!!」

その時、無限ゼロのエネルギーがダウンし、電源が切れる音が響いた。

「エッ? 何ッ? レイニーッ、無限ゼロの電源がぜんぶ切れちゃったよ!」

慌てるヒュウガの声を聞きながら、レイニーが自分の右腕近くにいたサイバーに目をやった。

「キャーッ!! サイバーがメインスイッチを切っちゃったーっ!!」

メカギア内のヒューマノイドは笑いながら言った。

「よし、次のビームで終わりだ。このビームは人間の脳内に作用し幻覚を起こさせ、脳を破壊するビームウェーブだ。おまえら人間が、人間を殺さずメカだけを狂わせる電磁ビームウェーブを開発した事がヒントになって作られたもんだ。悪く思うなよ!!」

そう言って、ヒューマノイドがスイッチを押すと、ラムダⅢの頭部から灰色のビームが無限ゼロの上半身へ浴びせられた。

バギバギという激しい不快音と共にそのビームウェーブは続いた。

「パピッ、パピッ、パピパピーッ!!」

何やら一生懸命レイニーに話しかけているサイバー。

「あ、そう、そうだったのーっ!!」

そう言ってレイニーはモニターでヒュウガに話しかけた。

「わかったわヒュウガ。なぜサイバーがメインスイッチを切ったのか! ねェ、聞いてる?」

「か、母さん……」

その時、すでにヒュウガは幻覚ウェーブにより、意識が薄れていた。

「母さん、どうして? 死んだんじゃなかったの?」

「ううん、死んでない。私は火星にいる。火星のヒューマノイドたちは皆、良い人たちよ。」

モニターに映る、意識の薄れゆくヒュウガを見て、レイニーが言った。

「ヒュウガ、しっかりして!! サイバーは、光電磁ビームの充電の為にスイッチを切ったの! 充電は一五秒。あと五秒で、天井の二つのレバーを両手で引き下げて!!」

「パピパピーッ!!」

レイニーとサイバーは、必死でヒュウガに語りかけた。

「トドメのミサイルのプレゼントだーっ!!」

メカギアの腹部から大きなミサイルが無限ゼロめがけて飛び出した。

「キャーッ!!」

思わず目を両手で覆ったレイニーとサイバー。

モウロウとする意識の中、ヒュウガの両手がコックピット天井部の二つのレバーに届いた。

「ウアアアアーッ!!」

絞り出すような声と共に、ヒュウガはレバーを両肩の位置まで引き下げた。

「ウオオーッ!!」

その瞬間、無限ゼロの口が大きく開き、目が鋭くなり、後頭部のウイングがつり上がり、無限ゼロはアシュラのごとく形相が変わった。

「光電磁ビーム!!」

すさまじい勢いの金色の光線が、無限ゼロの全身から、ラムダⅢの放ったミサイルと、ラムダⅢへ浴びせられた。

ラムダⅢの放ったミサイルは空中爆破し、ラムダⅢは体のあちこちから放電し、ゆっくりと前のめりに倒れた。

「ヤッターッ!!」

「パピーッ!!」

それを見たレイニーとサイバーは抱き合って喜んだ。

「タオ老師、無限ゼロが無事に敵のメカギアを倒したようです!」

その光景をモニターで確認したスペースシップ・ガンジスのメイン操縦士、中道リーダーがタオ老師に言った。

タオ老師は大きくうなずいていた。

●戦いの終わりに●

工場の炎は、地球防衛軍の消火によって小さくなっていた。

尻もちを付くように腰からしゃがみ込んだ無限ゼロの背中部分のハッチが開き、中からヒュウガたちが外へ出て来た。

そして二人は、光電磁ビームを浴びて倒れているラムダⅢの近くへ歩いた。

「アッ!!」

その時、二人は驚いた。

メカギア頭部の壊れたコックピット内に倒れていたヒューマノイドが、突然動いたからだ。

「オ、オレはもうダメだ……」

そう言いながらヒューマノイドは、ヒュウガとレイニーに語り始めた。

「オ、オレは、死ぬ前にどうしても知りたい事がある。オレたちヒューマノイドは、なぜ生まれ、何の為に生きているのか……」

「エッ?」

レイニーは驚きの表情をした。

ヒューマノイドは言った。

「そもそもオレたち火星のヒューマノイドは、開拓用に作られたロボットなのか……? オレたちの総帥ブルー博士は言った。ヒューマノイドは単なる機械じゃない。もっと自分たちの存在に誇りを持て、と……」

「お父さんは、やはり生きている……」

レイニーがつぶやいた。

全身から放電しながらヒューマノイドは続けた。

「オレにはブルー博士が付けてくれた名前がある。ブラッドと言う名前だ。良い名前だろう…。ブルー博士は言った。ヒューマノイドにも神を信じる権利があり、死んだら天国へ行けるそうだよ。頼む……オレの脳内チップだけは、次の世代に残してくれ……そ、それが、オレの生きた証だ・か・・ら・・・」

そう言って、ヒューマノイドのブラッドは力尽きた。

ヒュウガとレイニーは、言葉もなく立ち尽くしていた。

「ヒュウガ、レイニー、サイバー、ご苦労さんじゃったのう……」

そこへタオ老師がやってきた。

ヒュウガたちが振り向くと、スペースシップ・ガンジスから降りてくる仲間たちが見えた。

ヒュウガはタオ老師に尋ねた。

「タオ老師、ヒューマノイドも死ぬと天国へ行けるんですか?」

タオ老師はしばらく考えて、膝を曲げてしゃがむと、足元の石ころを手にした。

「ヒュウガよ、こんな石ころでも、実は分子レベルで見たら電子などが激しく活動しておる。そうして形が保たれておる。そういう存在する為のエネルギーは、まるで命そのものじゃ。存在エネルギーを命と呼ぶなら、エネルギーはすべて異次元へ移行する事ができる。つまり、四次元などの異次元を天国と呼ぶなら、エネルギーはすべて天国へ行けるなぁ。」

「ヘェーッ、そうなんですか?」

「その昔、ワシやヒュウガの国、日本では、裁縫をする時の服を縫う針にまで魂があると信じた。そして針供養と言って、折れた針が天国へ行けるように祈る儀式もあったのじゃ。」

レイニーが少し固まったような顔でタオ老師に聞いた。

「それじゃ、やはりヒューマノイドを破壊する事は、殺人と同じになるんじゃ?」

「それは少し違うのう。壊れたヒューマノイドは再生すれば良い。ただ、完全に形ごと再生できないくらい壊れたら、天国へ行くじゃろうな。だがそれは、われわれ生身の人間の魂とは違い、素のエネルギーの異次元移行となる。生命のように死んでも個の意識を持てるエネルギーは、特別な存在なんじゃよ。」

少し考え込んでいるヒュウガとレイニーの肩に手を置き、タオ老師は言った。

「ダークマター、ダークエネルギー、ヒッグス粒子と呼ばれる目に見えない物質がこの宇宙を支えておる。宇宙全体を一〇〇パーセントとするなら、目に見えないもの九五パーセントが、目に見えるものや人類が感知できるもの五パーセントを支えておるのじゃ。この宇宙で物質など目に見える存在は、全体のたった五パーセントしかないんじゃよ。心というものも目には見えない。だが大切なのは、すべてに心があると思って接する人間に深い思いやりの心が生まれるという事じゃよ。昔の人々は、木や石にまでも魂があり、その全てが天国へ行けると信じた。そういう万物への思いやりの心を、サンセン、ソウモク、コクド、シッカイジョウブツと呼んでなぁ。」

そう言ってタオ老師は、自分の杖で地面に『山川草木国土悉皆成仏』と書いた。

「ヒュウガ、派手に壊してくれたなぁ。」

壊れた無限ゼロを見ながらメカニックリーダーの工理(クリ)が話しかけてきた。

「工理さん、ヒューマノイドがショートする前に、脳内チップがどうとかって言ってたんですけど。」

ヒュウガが工理に尋ねた。

その言葉を聞いて、倒れたメカギアに登ってコックピット内のヒューマノイドの頭部を調べ始めた工理。

そしてヒューマノイドの頭部から赤と青二枚の三センチ角ほどの薄いカードチップを取り出した。

そしてヒュウガに言った。

「これだよ。赤の一枚は自我意識を持つ為のチップ。言わばヒューマノイドの個人的性格を司る命とも言えるチップ。もう一つの青は記憶チップ。このヒューマノイドが生まれてから死ぬまでに見た事、経験した事がすべてこの中に記憶されている。彼らはこの記憶チップを次の世代のヒューマノイドに転写する。」

「何でそんな事を?」

「人間は、一人の人生が経験する事は、一人のものとして終わる。この経験を次の子孫にそっくり移行できたら、次の子孫は一から始める事なく、次のステップへ進めるだろう。人間もこういうシステムがあれば、もう少し進歩も早まるんじゃないの。」

工理はうらやましそうに言った。

そして二つのチップを見つめて、工理が続けた。

「二つとも大丈夫そうだな。使えるぞ。タオ老師、赤のチップの方は、戦いをしない性格にプログラムを書き換えておきます。」

「頼んだぞ。」

タオ老師の返事に、うなずく工理。そして、チップを見つめながら言った。

「いいよなぁヒューマノイドは。このチップさえ壊れなきゃ永遠の命だもんなぁ。」

その言葉にレイニーが、

「工理さんもヒューマノイドになりたいの?」

「エッ、オレ!? ウーン、でもやっぱ人間がいいなぁ。」

「何でですか?」

ヒュウガが尋ねた。

「何でか分かんないけど、人間の命は一瞬しかないけど、やっぱオレは、人間がイイなぁ。」

その言葉に、何だか納得したヒュウガとレイニーだった。


●火星へ●

地球の北方にあるラストニア国。

平和そうな街に人々が行き交う。

その中に、三人の親子がいた。

五才の少女はピョンピョンと飛びはねるように歩いて、

「ねぇ、ホントに買ってくれる?」

と、父親に尋ねた。

父は、三八才くらいの背の高い西洋人。

少し長めのブルーの髪とブルーの瞳が印象的な知的な男性。

母は、三五才くらいのやせ型の優しい顔立ちの西洋系美人。

水色のストレートヘアーと切れ長の青い瞳が特徴的な女性だ。

「レイニー、お父さんが今までウソをついた事があったかい?」

その父の言葉に母が続けた。

「レイニーがどうしても子犬が欲しいって言うから来たけど、ちゃんとしっかり世話してよ!」

「わかってるって、お母さん!!」

その五才の少女レイニーが母に笑顔を見せた。

その時、上空から空を切り裂くような爆音が響いた。

街を行き交う人々が強ばった表情で空を見つめると、そこには何機もの黒い飛行機が。

「あれは隣国ダラクトスの戦闘機だ!」

レイニーの父、ミランが言った。

その瞬間、上空の何機もの戦闘機から一勢に砲撃が始まった。

「キャーッ!!」

「に、逃げろーっ!!」

街中が一瞬にしてパニックとなった。

レイニー親子も必死で走った。多くのビル内からも人々が道路に溢れ出し、人々の波に、レイニーも父も母もバラバラに離れてしまった。

「レイニー、マリアーッ!」

父のミランが叫ぶが、二人とも人波に見えなくなっていく。

「お父さんっ!! お母さーんっ!!」

レイニーの声も、人々の逃げまどうパニックの声で届かない。

近くのビルに、戦闘機からの数発の砲弾が直撃した。

〝ドガーーン〟

〝ドガガガーーン〟

爆風が一気に吹き付けた。

そして、道路にいた多くの人々は、上から降って来たいくつものコンクリートの固まりの下敷きになってしまった。

「イ、痛いーっ!! お、お母さん、お父さーん……」

レイニーの必死の叫びも、激しい爆発音と煙の中にかき消されていた……。

「お母さん、お父さ――ん!!」

ベッドから飛び起きたレイニー。

汗をビッショリかいていた。

そこにいたのは、一七才になったレイニーだった。

「……また、あの時の夢か……」

そう言ってレイニーは自分の左腕を右手でかばうように触った。

(私の国ラストニアに、いきなり攻めてきた隣国ダラクトス。あの時私は父と母、そして左腕を失った。私は戦火の中、タオ老師に救われガンジスの一員となった。……でもその後、母の遺体も父の遺体も見つからなかった。……お父さんは火星で生きているの?……)

レイニーは、しばらく動けずにいた……。

●マーズポリスにて●

ここは火星。

鉄分の多い赤い土の大地。荒野が広がるその中に、いくつかの建物が見える。

銀色のドーム型建造物が立ち並ぶその中に、数本の塔が建っている。

空には無数の小型円盤飛行艇が飛んでいる。

そう、ここはヒューマノイドの火星都市マーズポリスだ。

ヒューマノイドたちは、火星のあちこちにこのような都市を建設していた。

その中でも一段と大きな塔の一室から火星全体を見渡す者がいた。

その男は、体一面をライトブルーの服で覆い、顔も、すべてが隠れる全面型ヘルメットマスクで覆っていた。

ヘルメットマスクの前面の目の部分には、ライトブルーのフィルターが入っていた。

そこから視野を取っている。

そう、彼こそが、火星マーズポリスのリーダー、ミラン・ブルー博士だった。

彼は大きな窓越しに火星都市を見ながら、こう言った。

「この火星都市マーズポリスだけは、人間の手によって汚させてはいけない。何としても守らなければ……。その為に、いよいよ地球人が手にしていないワープ航法によるガイヤ計画を実施する。覚悟はいいな、スピア。」

ブルー博士は、後方に立つスピア司令官に目を向けた。

「わかりました、お父さん。」

ブルー博士は続けた。

「一二年前、隣国ダラクトスのウォーグ国防指揮官は突如、我が祖国ラストニアに侵攻した。そしてウォーグは、ラストニアもダラクトスも支配した。あれから一二年。今やヤツは地球防衛軍の総帥となった。軍事力で世界を支配したんだ。そして今度は火星まで。ウォーグだけは絶対に生かしておけん。」

●ウォーグの支配●

ここは地球の北方、ダラクトス国内にある地球防衛軍総本部。

四棟連なった、白銀の要塞とも言うべき一〇〇階建てのメインビルの上層階に、対火星ヒューマノイド対策ルームがある。

その大きな会議室には、世界各国の大統領や有力者たちが五〇名ほど集まっていた。

その人物たちは、だ円形の細長いテーブルを囲むように席に着いていた。

大きな窓から見える都市。しかし、都市のあちこちの工場からは黒煙が上がり、空もどんよりと暗い。

決して明るい未来都市ではない事は一目瞭然だった。

「皆さんに本日集まってもらった用件は、いよいよに迫った人類の火星移住計画についてです。」

メインの地球防衛軍総帥ウォーグが言った。

五〇才半ばを迎えた彼は、茶色の髪のオールバックに、黒い口髭、ダークグリーンの軍服姿のいかつい男だった。

彼は軍事力を背景に、事実上、各国の集まる世界会議でもリーダーとなっていた。

ウォーグ総帥は外のどんより曇った空を指差し、こう言った。

「人類の欲望を満たすために、もう地球は使えない星となった。我々は新たな人類の欲求に耐えうる星として火星を選び、手始めに火星開拓用ロボット・ヒューマノイドを送った。しかし、そのヒューマノイドたちが突如地球へ攻めてきた。」

その言葉に、ある国の代表大使が言った。

「そこがどうしても疑問だった。なぜプログラム通りにヒューマノイドは動かなくなったのか?」

それにウォーグ総帥が答えた。

「われわれの調査により、やっとその原因が分かった。それは、ある人間の操作によるという事が。」

そしてウォーグ総帥は、壁に立つ部下の軍人に指で指示をした。

カチャッ。

皆が見つめる中、壁の大型スクリーンに、ライトブルーの服とヘルメットマスクの男が映し出された。部下は言った。

「彼の名は、ミラン・ブルー博士。元は旧ラストニア国の有能な科学者でした。一二年前の戦争で死んだとされていましたが、実は五年ほど前、自らの製造した宇宙船で単独火星へ行ったものと考えられます。」

その後、ウォーグが言った。

「彼の目的は分からないが、とにかく我々人類に挑戦状を叩き付けてきた事は確かだ。しかもヤツはヒューマノイドを使い地球の人間たちをさらい、火星で奴隷として使っているという。」

グオオオオッ

その時、突然地響きのような音が鳴り響いた。

「な、何だっ!?」

いきなり現われた数十機の火星戦闘機が、地球防衛軍総本部のある都市に向けて攻撃してきたのだ。

「か、火星の戦闘機二〇機が、我が軍事施設を破壊しています!」

一人の部下が会議ルームに飛び込んで来て言った。

その言葉に全員がどよめいた。

「レーダーで敵を把握していなかったのか?」

ウォーグが部下に言った。

「レーダーには何も映っていません。敵はワープして来たものと思われます!」

「な、何だとっ!!」


●スペースシップ・ガンジス●

地球を見下ろす宇宙空間にスペースシップ・ガンジスがいた。

「タオ老師! 突如ダラクトス国上空に約二〇機の火星戦闘機が現われ、軍事施設を攻撃しています!」

七名が勤務するコックピットルームのレーダー担当女性、アイリス・ノアがマイクで叫んだ。

「だるまさんが転んだ!!」

その頃、タオ老師は、ガンジス内にある人工の海辺で、子供たち三〇人とだるまさんが転んだの鬼をやっていた。

「タオ老師、至急メインコックピットルームへ来て下さい!!」

人工の空に設置されたスピーカーからの声に耳を傾けるタオ老師。その険しい表情に、子供の一人が言った。

「タオ老師! 何があったのっ?」

少し怖がった表情の子供たちにタオ老師が言った。

「心配しないで。おまえたちは慌てずに部屋に帰ってなさい。」

ガンジスの船体上部中央部分のパネルが左右に大きく開いた。

中からスカイとオーシャンの二機がせり上がって来た。

その二機に向かってコックピットルームからタオ老師が言った。

「ヒュウガ、レイニー、おまえたちの方が先にダラクトスへ行ける。無限ゼロとなって、何とか攻撃を阻止してくれ。ただいつも言っているとおり、自分たちの身が危なくなったら、すぐに逃げるんじゃぞ!!」

「わかりました!!」

二人はしっかりと答えた。

ダラクトス国の上空では、二〇機の火星戦闘機とほぼ同数の地球防衛空軍の戦闘機とが、激しく戦闘を繰り広げていた。

その遙か上空に、大きな円盤型母船がいた。ブルー・マザーズだ。

そのマザーズ船体先端中央の滑走路から、全長四〇メートルの巨大な戦闘ロボ、メカギア・ビッグΣ(シグマ)が下空へ飛び出した。

「ビッグΣ、おまえの力なら、あの強固な地球防衛軍司令部のバリアを破れるはずだ。」

そう言ったのは、ビッグΣのコックピットにいたスピア司令官だった。

ビッグΣはスピア司令官の専用機だ。

上空へと来たビッグΣは、レーザーバリアの張られた地球防衛軍司令塔の前に飛びながら立っていた。

「何?」

そのスピアが驚いた。目線の先には、しっかりと立ちふさがる無限ゼロがいたからだ。

「ヒャーッ!! 今度のメカギアはハンパなくデカイねェ。」

ヒュウガが言った。

そして、

「行くぞーーっ!!」

ヒュウガの掛け声と共に、無限ゼロは一・五倍ほど大きなビッグΣに対し、

右腕から飛び出した腕内蔵型の剣、アームサーベルで、巨大メカギア・ビッグΣの腹部や脚部を攻撃した。

鈍くぶつかる金属音が響いた。

しかし、ビッグΣはビクともしない。

「ふう~っ!! 効かない……」

攻め疲れたヒュウガ。

「ヒュウガ、危ないっ!!」

レイニーが叫んだその瞬間、ビッグΣのキックとパンチの連打で、下空へ飛ばされた無限ゼロ。

〝ガガガガガーーッ〟

かなりの衝撃で、ビルの壁に叩き付けられた無限ゼロ。

そのモニターに、スピアが現われた。

「レイニー、その戦闘ロボに乗っているのか?」

その言葉にレイニーは答えた。

「この無限ゼロは、ヒュウガと私とサイバーの専用機よ。いつだって乗っているわ。」

「ならば妹の乗る無限ゼロをつぶすわけにはいかない。一緒に火星へ来てもらうよ。」

「そんな事させないわ!」

そうこうしているうちに、一〇体のメカギア・デルタフォース量産型に、まだ地面に倒れたままの無限ゼロは囲まれた。それを見たヒュウガが焦りながら言った。

「ヒャーッ。今度のメカギアの大きさは無限ゼロと同じくらいだけど、数が多過ぎだよーっ!!」

そのヒュウガの声に、一体のメカギアコックピット内から、リーダー格の戦闘ヒューマノイドが言った。

「つべこべ言わず、オレたちと一緒に火星に来い!!」

「嫌だと言ったら?」

「無理矢理にでも連れて行くまでだっ!!」

そう言って一〇体のメカギアが一勢に無限ゼロに飛びかかった。

「ワァチャ――ッ!!」

無限ゼロのダブルヌンチャクとキックの前に、次々に倒されるメカギアたち。

「ひるむな! 行けっ!!」

リーダー格のヒューマノイドの言葉で、一対一〇の乱闘が続く。

その間、ビッグΣは、ウォーグ総帥のいる地球防衛軍司令塔へ巨大ビームを発射する為にエネルギーを溜めていた。

「ヒュウガ、大変っ!! 巨大メカギアが防衛軍司令塔を狙っているわっ!」

そのレイニーに、サイバーが話しかけた。

「パピ、パピ、パピーッ!!」

「エッ、そうなの? ヒュウガ、サイバーの予測だと、巨大メカギアのパワービームなら司令塔のレーザーバリアを突き破るそうよ!」

そのレイニーの言葉にヒュウガは、

「だ、だけど、今、それどころじゃないんだよーっ!!」

一〇体のメカギアに苦戦する無限ゼロ。

「パピピピパピーッ!!」

「ヒュウガ、サイバーが早くしないと間に合わないって、早く、手前の両レバーを引いて、ファイヤードになって!!」

「エッ? これっ?」

「急いでヒュウガーッ!!」

レイニーに言われ、とにかくヒュウガは手前の左右のレバーを引き、叫んだ。

「行くぞっ! ファイヤ――ドッ!!」

バギン、バギン、バリバリバリッ!!

ヒュウガが思いっきり、手前の左右二つのレバーを胸まで引き寄せた瞬間、無限ゼロを構成していた体のパネルが次々にすべてはがれ落ち出した。

「な、何だっ?」

その姿にヒューマノイドたちがひるんだ。無限ゼロは、その顔も体も前形を止どめず、シルバー金属の骨組みだけになったからだ。

と、次の瞬間、骨組みだけとなった無限ゼロの体の至る所から炎が吹き出した。

「クイ――ッ、クイ――ッ!!」

そして、鳥のような口をあけて、鳴くような機械音をあげた。

まさに火の鳥、ファイヤードとなった無限ゼロ。

「パピピパ、パピパピーッ!!」

「ヒュウガ、巨大メカギアの脚の付け根か、膝を狙えってサイバーが言ってる! 巨体は、巨体になればなるほど、股関節や膝が弱点となるんだって!」

「よし、わかった。行くぞ、ファイヤードッ!!」

「クイ――ッ、クイ――ッ!!」

火の鳥と化した無限ゼロファイヤードは、ビッグΣ目がけて猛スピードで飛んだ。

その時、上空のビッグΣの胸が赤く光った。

「ビッグビーム、発射!!」

そう言って、スピア司令官は静かに目を閉じた。スピアの側頭部からメカギアに繋がったラインケーブルが光った。その瞬間、ビッグΣの胸部中央から大きな赤いビームが地球防衛軍司令塔へ飛び出した。

ガツ――ン!!

「な、何ーっ!!」

スピアが叫んだ。

ビッグΣの左股関節に、ファイヤードが飛び込んだのだ。

その衝撃で、ビッグΣの左脚がもぎ取られ、ビッグΣはバランスを失い、後方へ倒れた。その衝撃で、ビッグビームも大きく的を外れてしまった。

「ヤッターッ!!」

「パピーッ!!」

ファイヤード内のヒュウガとレイニー、サイバーが叫んだ。

ビッグΣの股関節部分は、炎と放電に包まれていた。

「無限ゼロ、何というパワーだ。ひとまず退却だ!」

スピア司令官がそう言うと、メカギアや戦闘機たちも上空の母船ブルー・マザーズへ向かった。

「逃がすかっ!!」

ヒュウガがそう言うと、ファイヤードもマザーズめがけて飛んだ。

「パピピピーッ!!」

サイバーの言葉を理解したレイニーがヒュウガに言った。

「ヒュウガ、サイバーがもうダメだって。ファイヤードはもの凄くエネルギーを使うから、体当たりは一度しかできないんだって!!」

その時、ヒュウガはブルー・マザーズの上部甲板を見て驚いた。

「アッ!!」

そこには、全身をグルグルと縛られたヒュウガの弟、タイガがいた。

「ヒュウガ兄ちゃん、ごめん……」と、タイガ。

その時スピア司令官が、無限ゼロにモニター越しに話かけてきた。

「そこにいるタイガくんは、ヒュウガくんの実の弟だそうじゃないか! このブルー・マザーズから突き落とすか、それともキミたちが一緒に火星に行くか、答えは二つに一つだ。」

「チ、チクショー!!」

ヒュウガが拳を握った。

「アッ!! シャットダウン、エネルギー切れっ!!」

レイニーがそう言うと、ファイヤードの炎がすべて消えた。そのまま下空へ落ちてゆくファイヤード。

バサ――ッ!!

その瞬間、ファイヤードは、メカギア・デルタフォースたちから出された金網に包まれて、身動きができなくなった。

●火星の環境●

ヒュウガたちを乗せた巨大母船ブルー・マザーズは火星に到着した。

そして、ヒュウガ、レイニー、サイバーは、マーズポリスの中央塔へ連れて行かれた。

グイーーン!!

銀色の金属扉のドアが開いた。

その先に広がっていたメインルームは、中央塔の一番高い位置にある部屋とは思えないほど、広くて自然溢れる場所だった。

広いスペースに多くの木々が生い茂り、噴水の水の音が心地良く響く場所だった。そしてドーム型の天井に人工の青空が広がっていた。木々の中からは小鳥がさえずり、リスたちが駆け回っていた。

その木々の中に、花を植える一人の人物がいた。

ライトブルーの服にヘルメットマスク。そう、ミラン・ブルー博士だった。

「お父さん、妹のレイニーを連れて来ました。」

そのスピアの言葉に振り向き、ブルー博士は立ち上がった。

そしてレイニーに向かって、大きく手を広げた。

「レイニー……さぁおいで……」

「お、お父さん……!?」

ブルー博士は、信じがたい表情をしているレイニーの前で、ヘルメットマスクをゆっくり外した。

「アッ!!」

そこに現われた顔は、左半分が機械で覆われていた。

だがもう半分の顔は、ブルーの髪に、ブルーの眉毛、ブルーの瞳。間違いなくレイニー・ブルーの父、ミランであった。

「お父さんっ!!」

レイニーはブルー博士に駆け寄り、二人は抱きしめ合って再会をかみしめた。

その光景を見て、ヒュウガは思わず涙ぐんでいた。

「でもお父さんは、あの時の戦争で死んだんじゃなかったの?」

「生きてたんだよ。隣国ルトアニアの救助隊に救われてね。だが、顔と左の手足は機械となってしまったよ。」

そう言ってレイニーに左腕を見せるブルー博士。そこには、銀色の太い金属の腕があった。

「私も……」

そう言ってレイニーも機械になった左腕を見せて少し笑った。

「レイニー、お母さんは……?」

「わからない……」

「そうか……」

「お父さんは火星で何をしているの?」

「私は五年前、単身火星へ渡った。私の理想とする国を作ろうと決めたんだ。人間は恐ろしい。だからロボット・ヒューマノイドを中心とする永遠の桃源郷を作る為に今ここにいる。」

その言葉にヒュウガが言った。

「火星のロボット・ヒューマノイドたちは、もともと地球人類が火星に住む為の開拓用に作ったもの。それをどうして?」

そのヒュウガの声にブルー博士が答えた。

「もともとここのヒューマノイドたちの基本プログラムは、私が地球にいる時に開発したものだ。私は人類の火星移住計画を聞き、何としてもそれを阻止しようと決めた。地球人は、あらゆる欲望を叶えようとする生き物だ。その為に戦争、差別、犯罪、貧困、公害、温暖化、原発事故……何が起きてもお構いなしだ。人類こそが宇宙のガンそのものなんだよ!」

その力強いブルー博士の言葉に、ヒュウガは言った。

「だからと言って、人間をさらって奴隷として使って良いという話はない!」

「? 何を言っているんだ?」

ブルー博士がとまどっている姿を見て、スピアが続けた。

「お父さん、地球では、火星のヒューマノイドが人間を火星へ連れて行き、ヒューマノイドの奴隷としてこき使っているとの噂があります。」

その言葉を聞いて、ブルー博士が笑った。

「おそらく地球軍の情報操作で作られた話だろう。戦争になると、いかに敵が非道かをアピールする。逆に自国の国民が非道な事をしても良いんだという感情操作が必要だからな。」

そう言って、窓を指差すブルー博士。

「レイニーたちによく見せたい。ここはヒューマノイドにとっても、人間にとっても、パラダイスなんだよ。」

マーズポリスの都市は多くのドーム型建造物で構成されているが、良く見るとドーム内には木々が茂り、自然が数多く保たれていた。

その風景の中にいたのは、ヒューマノイドと生身の人間たちが、わきあいあいと花や木々を植える姿だった。

「私はヒューマノイドたちに命じて、地球にいる貧困に苦しむ人間たちだけを救って来いと言ったまでだ。」

そのブルー博士の言葉に、言葉も出ないヒュウガとレイニー。

スピアが言った。

「ここ火星では、人間とヒューマノイドは平等なんだ。生活も地球とは違う。お金がここの社会にはない。お金は心を狂わせてしまうからね。エネルギーはすべてクリーンな光エネルギー。水も火星の地下に膨大な量が氷として眠っている。医療、教育、衣食住、すべてタダ。そもそもお金が存在しないからねェ。欲しいものは、レンタルで充分手に入る。この社会を維持する為には、人々のボランティア的な労働力と、他人の事を自分の事のように思える愛の心が不可欠となる。」

それに続けてブルー博士が言った。

「つまり、自分の目先の事しか考えない、欲望だらけの地球人が大勢やってきたら、この火星社会が一瞬にして崩れてしまうんだよ。犯罪、不平等、ストレス、矛盾が溢れ、弱いものは死に、人々の心が病んでしまう。」

グイ――ン。

ヒュウガたちのいる部屋のドアが開いた。そこに三人の男が立っていた。中央にいるのはタイガ。タイガを二人の火星ヒューマノイドが連れて来たのだ。

「タイガッ!!」

「ヒュウガ兄ちゃーん!!」

二人は強く抱きしめ合った。

「チョット背が高くなったか?」

「兄ちゃんも……」

そう言ってニッコリ笑うヒュウガとタイガ。

それを見て、スピアがタイガに言った。

「さっきは手荒なマネをして済まなかった。ああでもしないとキミの兄さんには効かなかったからね。」

そう言ってスピアは、ヒューマノイドに言った。

「ヒュウガ、レイニー、タイガくんたちを、人間の大勢いるコミュニティへ案内してやってくれ。」

「パピーッ!!」

サイバーのアピールにレイニーが言う。

「サイバーも言ってくれだって!」

「あ、ごめん、ごめん、サイバー。」

そうスピアが言いながら、サイバーの頭をなでた。そのスピアを見てブルーは博士がレイニーに言った。

「そうだ、まだレイニーにはスピアの事を正式に紹介してなかったな。」

その言葉にレイニーが、少し静かに答えた。

「私が三才の時に、八才で病気で死んだお兄さんにそっくりなヒューマノイド……」

「そうなんだ。私は科学者だが、死んだ息子を生き返らせる事まではできなかった。だから息子そっくりなヒューマノイドを造った。もちろん考えられるスピアの記憶はすべてインプットしてなぁ。」

「何だか、とっても変な感じ……」

レイニーはスピアを見て、苦笑いした。


●火星自然ドーム●

ヒュウガたちは、木々の生い茂る自然ドーム内へ移動した。

そこでブルー博士が説明を始めた。

「火星の昼は地球と同じくらいの気温だが、夜はマイナス一五〇度にもなる。だから植物は死なないように、こういった温室ドームで育てる必要があるんだ。」

その木々を植えているヒューマノイドと人間たちに何気なく挨拶をするヒュウガ。

「アッ!!」

その中の一人の人間の男を見て、ヒュウガが声をあげた。

その男は決して人相が良いとは言えない強面で、ゴツイ筋肉質の五〇才代の男だった。

そして、震える手でヒュウガは指差した。

「ジャ、ジャンバ・バルジャ……」

「知ってる人?」

レイニーが言った。

よく見ると、タイガもその男を見て震えている。

「彼は地球では強盗、殺人など悪の限りを尽くしたお尋ね者のジャンバ・バルジャでは……?」

ヒュウガがブルー博士に言った。

「そうだよ。」

「私、ジャンバです。ジャンバ・バルジャ。どうぞ宜しくお願いします。」

植木仕事の手を休めたジャンバが、笑顔でヒュウガたちに近づいてきた。

「近づくな!! お前は三年前、ボクらの家に強盗に入り、ボクらの母さんを殺して逃げたヤツ!!」

ハッ!!

その時の記憶がよみがえったジャンバ。

タイガがブルー博士に言った。

「ブルー博士、こんな極悪人をここに置いていたら、大変な事になりますよっ!」

その言葉にブルー博士は言った。

「もうこのジャンバは、ジャンバであってジャンバではないんだ。」

「ど、どう言う事?」

レイニーが尋ねた。

「地球から火星に入る人間は、当然過去をチェックする。そこであまりにもひどい人間には、脳内に人格矯正チップを埋め込む。だからもう彼は、以前のような悪事はしないんだよ。」

「そんな……人の心に手を加えるなんて……」

レイニーのその言葉にブルー博士は言った。

「地球では極悪人は死をもって償う。その他の懲役刑の場合、性格まで矯正したわけではないので、再犯も繰り返す。しかし、脳内チップで脳の電気信号を制御すれば性格が矯正される。よって死刑も再犯もないんだよ!」

「チクショーッ!!」

そう言って、突然ヒュウガはジャンバに飛びかかった。

そしてジャンバを押し倒し、馬乗りになってジャンバの顔を何回も何回も殴った。

「チクショーッ!! お前のせいで、母さんは死んだんだっ!! お前のせいで!! お前のせいでーっ!!」

涙を流しながらも、拳を止めないヒュウガにタイガが叫んだ。

「もうやめてよ、兄ちゃんー!!」

タイガは、泣きながらヒュウガを止めに入った。

鼻血を出しながらも、無抵抗のジャンバは倒れて天を仰いだまま動こうとしない。

「どうして止めるんだタイガッ!! お前は母さんのカタキを取りたくないのかーっ!!」

「それは取りたいけど……」

そんな二人の前でゆっくり動き出したジャンバが土下座をした。

その姿に全員がハッとした。ジャンバはうつむいたまま言った。

「過去の私の悪事の償いの為に、私を殺して下さい……」

ジャンバの目からは涙が……。

その姿に、ヒュウガとタイガは何も言えなかった。

ジャンバが続けた。

「私、脳内チップが埋め込まれてから、とても変なんです。心が過去の自分への後悔で毎日が苦しいんです。こんな気持ち、以前には全くなかった。だけど、この苦しい気持ちが少し和らぐ時があるんです。それは、誰かの役に立っている時なんです……」

そしてジャンバはスックと立ち上がり、ヒュウガとタイガに言った。

「私を殺す事であなたたちの気が済むなら、私をどうか殺して下さい。その方が私もあなたたちの役に立てて嬉しいです。」

ジャンバの目はとても優しく、しかも覚悟のある目をしていた。

「コノヤローッ!!」

ヒュウガはジャンバの首を両手で絞め上げた。

グググググッ。

その行動を前に、誰も身動きが取れなくなっていた。

「兄ちゃん、やめて……。ヒュウガ兄ちゃん、やめてくれ……」

両膝を土に付け、力なく崩れながらタイガは言った。

そして、タイガは力尽きた声で続けた。

「ボクの兄ちゃんが人を殺す姿は、ボク……見たくない……」

その言葉に、ヒュウガの両手の力がゆるんだ。

「ワァァァァァ――ッ!! 母さんごめん!! オレ、カタキを取ってあげられないよーっ!!」

天を見上げ、大声で泣き叫ぶヒュウガ。

呆然とするタイガ。そしてレイニーやスピアたち……。

その前でジャンバは辺りをキョロキョロと見回していた。

そして落ちていた植木用のハサミを見つけて拾った。

ハッ!!

ジャンバはハサミで自分の首を刺そうとしていたのだ。

「やめなさーい!!」

バシン!!

そのハサミを蹴り飛ばしたのは、レイニーだった。

レイニーはジャンバに言った。

「あなた、そんなに罪を償いたかったら生きなさい!! 許して欲しかったら、傷付けた人の為に働きなさいっ!! 苦しんでいる人の為に働きなさいっ!! あなたの心に本当の愛が芽生えたとき、本当に許されるんじゃないのっ!!」

「ウァァァァァ――ッ!!」

涙ながらのレイニーの言葉に大泣きするジャンバだった。

火星の昼空は、薄紅色。

夕焼けは、青い夕日が大空を染める。

その晴れ渡った青の空が、マーズポリスをライトブルーに包んでいた。

続く…